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【編集前】僕の大学生活はずっと海外だった。 自らアメリカ・中国で起業した男

【編集前】僕の大学生活はずっと海外だった。 自らアメリカ・中国で起業した男

インタビュー第3弾は東北大学経済学部4年の、MDさん。大学在学中にオーストラリア、ロシア、アメリカ、中国の4カ国で留学を経験し、アメリカと中国では起業も経験していたというかなりの強者。グローバルスタンダードな視点を持ちつつも、春からは大手商社での就職という道を選択したMDさんに、大学生活の全貌を明らかにしてもらった。

きっかけは「タダで行けるから」

MDさんは学生生活中かなり多くの国に留学しているみたいですが、留学には結構前から関心をもっていたんですか?」

僕大学選んだ時点で留学行くって決めてたんです。
東北大学と慶應大学の経済学部と早稲田大学の商学部の3つに受かってたんですけど、どこに行こうかって考えた時に「交換留学がしたかったこと」と「仙台の実家から通えて親に迷惑をかけないこと」の2つを満たすのが東北大学だったので。

そうなんですか。ちなみに今まで行った国ってどこなんですか。

小学生の頃旅行で行ったイギリスと台湾、大学1年の夏にSAPで行ったオーストラリア、冬にファーストリテイリングのインターンで行ったイギリスと学校のプログラムで行ったロシア、それから交換留学で行ったアメリカと中国って感じですかね。

想像より多くの国に行かれてるんですね。ファーストリテイリングのインターンってどんなことをやってたんですか?

ロンドンのユニクロに一週間行って新規事業立案をしました。日本でやるインターンとそんなに変わらないないようでしたよ。期待してた分ちょっと拍子抜けした面もありました。

なるほど(笑)。そのインターンはどうして行こうと思ったんですか?

タダで海外いけるからですかね。

それは大きいですね。その次に行ったロシアはどういう背景で行くことにしたの?

こっちもタダで海外いけるならいいかなって思って。(笑)

こっちもですか(笑)

渡航費と現地での滞在費全て学校持ちだったんですよ。その後に行ったアメリカ留学の時も僕奨学金を150万円もらってたので。
海外滞在中は自分のお金ほとんど使ってないですね。

MDさん

1996/08/15生まれ。宮城県仙台市出身。
仙台一高を卒業し、東北大学経済学部へ進学
1年次8月:オーストラリアのUNSWへ短期留学(SAP)
2月:ユニクロUKにてインターンシップ
3月:ロシアのモスクワ州立大学へ短期留学
2年次9月:アメリカのカリフォルニア大学アーバイン校へ交換留学
3年次7月:中国の北京大学サマーランゲージプログラムに参加
帰国後、就職活動を始め、大手総合商社に内定
20109/03卒業予定

アメリカのインキュベーション施設に殴り込み

アメリカではカリフォルニア大学のアーヴァイン校に留学しながらも現地で起業したって聞いたんですけど、どういう経緯で起業に至ったんですか?

経緯で言うと起業がしたかったっていうよりは、自分の専門を活かしたかったっていう思いが強かったですね。

僕が通ってたカリフォルニア大学のアーヴァイン校は、アメリカの国公立のビジネス専攻の学校の中で二番目だったので、教授の質も学生の質もかなり高かったんです。
また授業は全てMBAクラスのかなり発展的なもので、営業やマーケティング、それからプログラミングを通してのヒューマンリソースマネジメントとかもしてました。と言うのも、MBAの教授が1年前にやった全く同じ授業を学部生に実施していたからです。

当然授業はかなりタフで、当時はついて行くのに必死でした。

聞いてるだけで大変そう。じゃあ授業で身につけたそれらの知識を、リアルに活かしたいと思ったんですね。

そうですね。せっかく必死に勉強していたし、何かに活かせないかなって思って。

そこで大学院生が通ってるビジネススクールの中にインキュベーション施設(起業家を支援する施設)があったので、そこに殴り込みに行きました。当時授業で作ったマーケティングペーパーであったりfacebookで作った架空の事業のアカウントであったり自分が作った成果物を持っていって、起業家達に気に入ってもらおうと思って見せていました。

そこで当時一緒に起業したCEOのコリン(メキシコ人)が気に入ってくれて、ビジネスを一緒に始めるっていう成り行きでしたね。

アメリカではカリフォルニア大学のアーヴァイン校に留学しながらも現地で起業したって聞いたんですけど、どういう経緯で起業に至ったんですか?

経緯で言うと起業がしたかったっていうよりは、自分の専門を活かしたかったっていう思いが強かったですね。

僕が通ってたカリフォルニア大学のアーヴァイン校は、アメリカの国公立のビジネス専攻の学校の中で二番目だったので、教授の質も学生の質もかなり高かったんです。
また授業は全てMBAクラスのかなり発展的なもので、営業やマーケティング、それからプログラミングを通してのヒューマンリソースマネジメントとかもしてました。と言うのも、MBAの教授が1年前にやった全く同じ授業を学部生に実施していたからです。

当然授業はかなりタフで、当時はついて行くのに必死でした。

行動量がすさまじいですね。具体的にはどんなビジネスを展開していたんですか?

糖尿病の人でも食べられるスイーツを売っていました。

コリンはそれまで自身でパン屋をやっていたんですけど、自分が糖尿病であるということもあって糖尿病の人でも食べられるスイーツを作りたいと言っていて。そこでそのアイデアで一緒に起業したって感じですかね。

なるほど。そこで一緒にやりたいって手を挙げたわけですね。

そうですね、僕は自分の専門が活かせればなんでもよかったんですけど。

MDさんの役割はどんなことだったんですか?

マーケティングと営業ですね。コリンはケーキを作るのは上手だったけど、ビジネスの観点を持っていなかったので、そこは僕と中国人の女の子2人で回していました。会社の登記から一緒にやりましたね。

何でもやってたんですね。そこで何か苦労することはありましたか?

特には。結局やりがいあったので。

そうなんですか(笑)

しいて言うなら、営業は辛かったですね。ネイティブじゃない英語で50社くらいにひたすら電話かけまくっていましたから、最初はもちろん相手にしてもらえなかったのできつかったです。おかげでメンタルは強くなりましたね(笑)。

言語は恋愛や友人を通して学んだ

そのスタートアップで働くうちに英語も身につけていったんですか?

それもありますけど、留学先で外国人の恋人ができる機会も少なくなかったので、恋愛とか友達との関係を通して学びました。だから割とできてて。

そうなんですか。(笑)

でも発音だけは身につかなくて、現地の授業に出て矯正していました。だからこそ、営業・マーケティングのポジションで採用してもらえたんだと思います。

その後自分で起業しようと思ったという流れですね?

そうですね、実際自分で起業したのは中国でだったんですけど。これも初めはやろうと思ってなかったんですが、成り行きで始めました。

中国語もかなり堪能みたいですけど、それはどうやって身につけたんですか?

中国の北京大学に留学に行って中国人の女の子と同棲をしてたことがあって、
そこで2ヶ月間ずっと暮らしてたので覚えましたね(笑)。僕だいたい言語は女の子から教わってます。

すごい(笑)。自分で起こしたビジネスではどんなことをやっていたんですか?

起業に関しては、日本の化粧品をネット上で中国に向けて売っていました。

最初市場調査してみると、中国版のtwitterみたいなSNSの中で、日本の化粧品はかなり人気が高かったんです。
というのも、中国では信頼が最も重要で、日本製と偽って販売されている化粧品がたくさんあったので、日本から送られてきていることが確認できないと化粧品を買わないっていうティーンネイジャーがかなりいたんですね。

そういった人達に需要があると思ったので、市場ありきで始めたっていう感じです。それには、当時同棲していた子も共感してくれたので、パートナーとして一緒にやりましたね。

なるほど。大きな需要がありそうだったからこそのビジネスだったんですね。化粧品には興味あった?

あんまり興味ないです。(笑)

ないんですね(笑)。とりあえず手段は何でもよかったと?

そうですね。一番それが形になって、儲かりそうだったので、注力してました。

あえて就職を選んだ理由

次に就活について聞きたいんですが、当時起業も同時並行でやってたんですよね?

そうですね。さっきの起業の話で何で儲けたかったかと言うと、就活してる期間はなかなか仙台でバイトする時間を作れないと思っていたので、自分の空いてる時間を使って何かやってお金を稼ごうと思っていたからです。

確かに。当たればかなり稼げますし。

まぁ結果当たらなかったんですけどね(笑)。利益でいうと月で12万円くらいでしたね。

アメリカでもそうだけど、実際自分でやってみてどうでした?

いっぱい失敗したので、それが自分の学びになったのはよかったです。やってみて失敗したときにそれをなおす力はついたと思います。
あと、最初は両方の事業ともになんとなく始めたものだったので、もう少し規模を大きくして展開してみたいなとは思いますね。

なるほど。ここまで聞いてみて疑問に思ったんですけど、何で就職するんですか?(笑)

それはどこの面接に行っても毎回聞かれましたね(笑)。理由としては大きく2つあります。

一つ目は、自分で事業をやる上でアプローチできる範囲に限界があると思ったんです。

実は中国の事業は途中で一回かなり波に乗った時期があって、このまま行けばかなり伸びるんじゃないかって思ってたんです。でもその時、当時のお客さんはほとんど北京にいる人達だけだったんですね。

最初は中国版のtwitterをみて市場がかなり大きいと思って始めた事業だったのに、実際にアプローチできたのは北京っていうすごい狭い範囲だけで。だからもっと広い範囲にアプローチするためには、組織に入る必要があると思ったんです。

二つ目は、純粋に日本のために働きたいと思ったからです。

僕大学入ってからほとんど海外にいたんですけど、自分でお金一銭も払ってないんですね。というのも、日本の大学や企業から奨学金をもらったおかげで実現できたことなんです。

僕は中国で起業したりアメリカで営業とかマーケティングの経験を積んだりしてかなり調子に乗ってた時期もあったんですけど、その経験自体は周りからの支援があったからこそ実現したことなんですね。

それにこういった経験を積んでる学生って日本には少ないと思うので、僕はこの経験を日本のために活かしたいと思うんです。
だから面接では、『日本が機会をくれたおかげで今の自分があるので、日本のために働きたいから就職したいんです』って毎回言ってました。

体験したからこそ言えることですね。かっこいいです。その中でも商社を選んだのはどうしてですか?

理由としては2つあります。

1つ目は、自分の強み(海外での経験)を活かせるから、そしてその話を面白がって聞いてくれる人が多かったのが商社だったからです。

他の業界では、「はっ?」って顔されてたんですけど(笑)。だから商社の方が働きやすいと思ったんですよね。

2つ目は、商社には日本を背負って働いている意識を持ってる人が一番多いと感じたからです。

商社の方々とお話しする際に、主語が他の会社だと「自分の会社は」であるところを、商社ではみんな『日本は』だったので。日本を背負っているっていう意識を持っていることが純粋にカッコ良く思えたんです。

なるほど。ちなみに就活中に苦労したことってありました?

面接受けてた時に学歴で苦労したことくらいですかね(笑)。あとはそんなにないです。僕は割と就活を楽しんでたタイプなので。

どんなことでも楽しめる人にはきっといい結果がついてきますよね。最後に就活について後輩にアドバイスお願いします。

もしアドバイスするとしたら、素の自分でいくってことですかね。

僕、就活で受かった企業はいくつかあったけど、たくさん落ちたので。就活って企業と学生とのマッチングだから、合う合わないあると思うので、内定もらえなくても落ち込む必要は全くないと思います。ありのままの自分でぶつかってください。

ほんと大事ですね。ありがとうございます。

いえ協力出来て何よりです。本日はありがとうございました。

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